【第十八課】あの有名な台湾のヒーローと日本の関係とは?!
みなさんこんにちは^ ^
最近、本当に暑いですね(つД`)ノ
この前、台北駐日経済文化代表処に行ってビザの申請をしたんですよ。
乗り換えの池袋で、コンビニ寄ったら、微妙に時間がずれ、それによる連鎖反応が起こり、目的地の白金台に着いたのが3時55分
ビザ申請の受付時間は4時までだったので、Googleマップ見ながら、白金台をダッシュ!!
お金持ちの多い白金台
シロガネーゼを何人抜きもして目的地へ
なんとか間に合いましたが、それから汗が止まらず…(つД`)ノ
夏は特に、時間には余裕を持った方がいいですね!
ところでみなさん、こんな経験ありませんか?
説明が難しいので、例を挙げてみますね
僕が以前シンガポールを訪れていたとき、「ブギス」という日本でいえば原宿、台中でいえば一中街、タイで言えばMBK…(^o^)
若者街があるんですよ!
そこをウロウロしていたら、偽物時計を売っているお店から流れている音楽…なんて美しい声なんだ!!!
ってなりまして、店員さんに
『この歌手は誰ですか?』
って聞いたんですよ
そうしたら、僕のiPhoneのキーボードに中国語を追加し、名前を打ってくれました。
スクリーンショットをして、完璧です
帰国して調べようと思ったのですが、中国語の打ち方がわかりません。
調べるのを諦めました。
月日が流れ、僕はいつの間にか台湾オタクになりました。
今、台湾人ミュージシャンで一番好きなのは、何と言ってもRainie Yang こと楊丞琳
キリッとした目元とは裏腹に、声がなんとも可愛いのです!( ^ω^ )
そんなある日、写真を整理していると先ほどのスクリーンショットを見つけました。
そこにはなんと、簡体字で書かれた
『杨丞琳』の文字がー!!
そのとき、とても運命を感じましたね。
おそらく、シンガポールで聞いていたのは『左邊』という曲です^ ^
まあ、こんな経験ですよ!笑
例えが長すぎましたが笑
1度くらいはありますよね!笑
そんな感じのことが日本と台湾間にも存在するのです( ^ω^ )
大まかに歴史を見ると、日本と台湾の関わりは1870年代くらいからですね。牡丹社事件辺り
大まかに見てですが^ ^
しかし、その前から日本と台湾の繋がりはありました!
鄭成功は『反清復明』を唱え、台湾へ来ましたが、彼は中国人の父鄭芝竜と日本人の母田川松を持つ日台のダブルなんです( ^ω^ )!
鄭芝竜と田川松の出会いは、貿易拠点の1つである長崎の平戸です。
鄭成功は6歳まで日本で生活していました^ ^!
お父さんは日中仕事でしょうから、鄭成功は日本で、日本人の母に育ててもらっています^ ^
彼の根底には日本人アイデンティティがあるかもしれませんねー
そう考えると、彼の考え方や行動にも注目しちゃいますね!
台湾へ行く方は、台南にある鄭成功像へぜひ足を運んでみてください^ ^
今日はこれから台湾フェスティバルに行ってきます
食べたいものがありすぎて迷いますね笑
それでは、さようなら( ^ω^ )
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台湾についてもっと知りたい方!
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よろしくお願いします!^ ^
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